MFSがやって来た!








 ギリシャ、聖域。
 教皇宮・女神神殿を守護するかのように聳え立つ十二宮
 白羊宮はその入り口に当り、守護人たるムウは侵入者に対して鉄壁の防御を誇る
 ……はずであった


 聖戦も終末を迎えた今、ムウの役割は闖入者の対応係となり下がっていた

 …今日も、ムウの元には運送業者から謎の荷物が届く




 小脇に荷物を抱えたムウが天蠍宮を訪れたのは昼下がりのことだった



ムウ:「ミロ、貴方に荷物が届いていますよ。…ミロ、居ないのですか?」



 ムウは、天蠍宮の入り口から奥へと足を踏み入れた
 やがて、ミロの私室の前で立ち止まり、ドアをノックする


ムウ:「ミロ、貴方宛に荷物が届いています。ここを開けてください。」


 主からの返事は、無い
 溜息を吐いたムウは、ドアの間に不在表を挟んで引き返そうとした
 ムウが踵を反したところで、奥の方から、ガサガサと物音が聞こえた


ミロ:「お――、すまない、ムウ。ちょっとシエスタを取っていたところでな。…気付くのが遅れた。」


 バコン、とドアを勢い良く開けたミロの頭は、何時も以上にあちこちが跳ねていた
 ムウは、それを見てふっ、と笑うと、ミロに包みを差し出した


ムウ:「ミロ、貴方に荷物です。…大きさの割に軽いですが、お菓子ですか??」



 手元を見詰めるムウの瞳は、何かを期待するように輝いていた
 …届け物が食品の場合、仲介業務を一手に引き受けるムウにお裾分けをするのが聖域・十二宮の決まりだった
 ムウのきらきらした瞳をぼうっと観察しながら、ミロはばりばりと頭を掻いた


ミロ:「…うーん、菓子と言えない事もないなぁ…。」

ムウ:「えっ?それはどういうことです、ミロ?」


 ミロを見詰めるムウの瞳が、俄に真剣味を帯びる


ミロ:「…ええっとだな、つまりこいつは『食玩』ってヤツなんだ。」

ムウ:「食…玩?」

ミロ:「あ――、つまるところ、菓子付きおもちゃってとこかな。」

ムウ:「…とにかく、お菓子は入っているのですね?」

ミロ:「…ああ。だが…こういうパターンでは、ガムとかラムネとか、大した菓子は入っていないと思うぞ、俺は。」



 …何故か食玩事情に詳しい男、蠍座のミロ



 ミロは、百聞は一見に如かず、と自分宛の小包の包装をバリバリと破り始めた
 包装紙の下から、「聖闘士星矢・ミニフィギュアセレクション」と青字で印刷された白い箱が2つ、姿を現した


ミロ:「こいつ一箱の中に、商品が10個入っている。…つまり、全部で20個届いた訳だ。」


ムウは、ミロの解説よりも、中にどのような菓子が入っているのかの方が気に掛かるようだった

ムウ:「ミロ、話はいいですから、中を開けてみてくださいよ。」


 ムウに急かされたミロは、一つの箱を開封して見せた
 中には、アルミ蒸着の小袋が10個詰め込まれていた
 パッケージを見たムウは、呟いた


ムウ:「これは…星矢たちですね。」

ミロ:「ああ。…この中には、全部で19種類のフィギュアの内、どれか一つが入っている。ランダムに入っているから、今回買った20個で全部揃うとは思えないけどな。」


 パッケージの表を凝視していたムウは、徐に声を上げた


ムウ:「あっ、お菓子ってこれですね、ミロ?」


 ムウの指差した先には、ピンク色の丸いラムネ菓子の画像があった


ミロ:「おお――、やっぱラムネだったか。…しかし、このラムネ、良く見ると女神の杖のシンボルの形をしているな。…意外と芸が細かい。」

ムウ:「ミロ、関心してないで、早速開けてお菓子を食べましょうよ。」

ミロ:「…いや、俺は菓子よりも中のフィギュアのほうが気に掛かるが…。…そうだ!夕方になったら、カミュとカノンが遊びに来ることになってたはずだから、その時にみんなで開けてみようぜ。」


 ミロの提案に、ムウは少し残念そうな顔をしたが、少し考え込んでから機嫌を取り直すと、素直にミロに賛同した


ムウ:「そうですね、どうせならみんなで開けたほうが楽しいかもしれませんね。カミュとカノンはあまり甘いもの食べませんから私の分け前は減りませんし。…そうだ、デスマスクとシュラも呼んでみたらどうですか?」

ミロ:「…ムウ、お前どうしてそんなに非甘党メンツばっかり集めるんだ…?」

ムウ:「えっ?今何か言いました、ミロ?」

ミロ:「…いや、何も…。(汗)」

ムウ:「それでは、夕刻にもう一度来ますね。…それまで絶対に開封しないでくださいよ!」



 ムウは踵を反すと、嬉しそうに階段を降って行った
 「お―い、これ、俺が買ったモンだぞ…。」というミロの呟きは、永遠に届くことはなかった






 その日の夕刻
 夕闇が地平線を染める頃、天蠍宮には5人の男が顔をつき合わせていた



シュラ:「…で、その食玩とやらを開けてみよう、というだけの下らん集まりなんだな?」


 シュラは、あまり興味が無い様で、半ば呆れているようだった


デス:「まあ、そこまでキツく言う必要はねえだろ、シュラよ。…いいじゃねぇか、このパッケージの解説からすると、俺達のフィギュアも入っているらしいぞ。…おお、紫龍もあるみたいだぜ。」

シュラ:「何!?それは本当か、デスマスク。ドラゴンも入っていると…。」

カノン:「正式には、紫龍の『フィギュア』が、入っているだろう。そんなちいさなパッケージに入るようなサイズじゃないぞ、あいつらは。」


 紫龍の名を耳にして、急に態度を豹変させたシュラに、カノンは微妙に不必要なツッコミを入れた
 …当たり前だ、本人が入っている食玩など、気持ち悪いことこの上ない
 シュラはカノンのツッコミに対して一瞬そう思ったが、敢えて返すのは止めた


カミュ:「なあ…この『シークレット』とは、一体何だろうか?」

 カミュが空気を読んで話を逸らした

ミロ:「ああ、なんでも60分の1の確率で出るとかいうレアフィギュアだ。結構な値段で取引されるかも知れんなぁ。」




 5人が純粋にフィギュアについて語っている一方で、違った視点でパッケージを見詰める男がいた



ムウ:「ああ…、一刻でも早くお菓子を食べたい…。」



 ムウは、中のラムネを食べたいだけのようだった
 …どうやら、このために夕食も少し控えて来たらしい

 業を煮やしたムウは、残りの5人に向かって言い放った

ムウ:「貴方達、いつまでそうして話し込んでいるつもりなんですか?…千里の道も一歩から。さあ、開けましょう。」

シュラ:「…いや、どうかと思うぞ、その引用。」


 購入者であるミロが、ムウのそのとんちんかんな言葉を機に、パッケージを手に取った




ミロ:「ようっし、じゃあ最初の1個目を開けるぞ――!」



 ぴっ、
 パッケージの切り口に手を掛けたミロは、一気に横に引っ張った

 …中からは、白い紙に包まれたフィギュアと、あのラムネ菓子が姿を現した



ミロ:「じゃっじゃじゃ―――ん♪」



 ミロが白い包みの方を高々と掲げると、周りからは「おお――っ」と無意味な喚声が上がった


カノン:「で、その中身は一体誰なんだ?」

ミロ:「ちょっと待ってくれよ。セロテープで閉じてあるから開いてみる。………あっ!!」

一同:「どうした?ミロ。」




ミロ:「教皇だ…。いきなりシークレットかよ…。」




 ミロの手には、薄い青色をしたフィギュアが握られていた
 …それはまさに、あの教皇だった



カノン:「おい、ミロ。…ちょっと聞くが、サガは別にフィギュアが存在するんだよな?」

ミロ:「あ、ああ。サガは『双子座 サガ』って書いてある。」


 訝しげなカノンの質問に、ミロはパッケージの中に入っていたミニ冊子を開いて示した


カノン:「…じゃあ、この教皇は誰だ…?まさか、あいつのダブルキャストではあるまい?」


 うっ、と息詰まる一同


ムウ:「あれ?みなさんそんなことも解らないんですか?…これは、シオンですよ、間違いなく。」


 ば―りばり
 音がする方を全員が振り返ると、ピンク色のラムネを頬張りながらムウが答えた


デス:「おい、ムウ。これは本当にシオン教皇だって言うのか…?」

ムウ:「当たり前じゃないですか、デスマスク。…じゃあ、一つ聞きますが、貴方が13年間尽くしてきたあの教皇は、こんなストンとした法衣姿でしたか?」

デス:「あ…!」

カミュ:「…確かに。あの偽教皇はもっと派手派手でゴテゴテのデザインの法衣を身に纏っていた気がする…。」

シュラ:「そ、そう言えば肩の辺りとか、もっとトゲトゲしてたような…。」

ムウ:「ほら、そうでしょう?だからコレは、我が師シオンの教皇姿です。」


 平然と言ってのけるムウの態度に、流石の黄金聖闘士達も迫力負けしたようだった


カノン:「…俺は、13年間海底に居たからよくは知らんが、サガはそんなに趣味の悪い格好をしていたのか?」

ムウ:「ええ、それはもう。格好だけじゃなく、執務中にワインは飲むわ、お姉さんは侍らすわでしたよ。」


 にっこりと笑って兄(黒)の所業を並べ立てるムウ
 だが、彼の口はラムネ菓子で一杯だった


ムウ:「ああ…なかなか酸味が利いてておいしいですね、このお菓子。5粒じゃ足りませんよ。さあ、全部開けてしまいましょう!」



 ぴっ、ぴっ、ぴ―


 ムウは唖然とする5人を尻目にどんどんパッケージを開封して行った

 …5分後、全てのパッケージが開封され、中のフィギュアが男たちの前に並べられていた



デス:「で、この20個で全19種は揃ったのかよ、ミロ。」

ミロ:「ああ。運が良かったな。この通り、全部揃っている。」


 ミロが自慢げに示した一角には、カラフルな青銅小僧どもの他に、金色に塗装されたフィギュアが白羊宮から順に双魚宮まで並べてあった


カミュ:「我々黄金聖闘士も全員揃っているのだな。」

ミロ:「おう!勿論な!」

シュラ:「…待てよ、ミロ、今回お前が買ったのは20個なのだな?…すると、なにかがダブっているんだよな?」

ミロ:「…ああ、そうだが、それがどうした?」

シュラ:「何がダブっているんだ?…ドラゴンだったら俺にくれ。

ミロ:「……。残念だったな、ダブってるのはジェミニとバルゴだ!」


 残念そうにがっくりと肩を落とすシュラを横目に、ラムネを食べていたムウが口を開いた


ムウ:「…ミロ、ジェミニは2個あるんですか?」

ミロ:「…?ああ。」

ムウ:「じゃあ、それ一個はカノンにしてしまえば良いではないですか?」

カノン:「ふざけるな、ムウ!俺は、サガのダミーじゃない!!」


 ぼりぼりと音を立てて菓子を食べ続けるムウに、カノンは食って掛かった


カミュ:「カノン、怒るな。ムウは冗談で言っているのであって、決して本気では…」

ムウ:「えっ?冗談なんですか?私の提案。」

シュラ:「ムウ、人には言って良い事と良くない事がある。」

ムウ:「ああ…『良薬口に苦し』ってヤツですね。」

シュラ:「それでは余計煽っているだけだろう、ムウ…。(汗)」



ミロ:「お…、おう、折角なんだし、みんなのフィギュアの鑑賞でもしようぜ!…な?」



 その場のマズイ空気をどうにかしようと努めるミロ
 意外に、気の利く男のようだ
 …無論、原因となった物を取り寄せたのも、彼なのであるが


デス:「そうだな。…え―――と、どうやらこのフィギュア、俺達の必殺技のポーズで作られてるらしいぜ。…結構凝ってるな。」

ムウ:「ふ―む、これが星矢ですね。」


 ムウは、PEGASUSと台座に書かれたフィギュアを持ち上げた


デス:「…なんで色が青なんだろうな。コイツの性格からすると、どっちかっつーと『赤』の方が良さそうだよな。…戦隊物の主人公らしくさ。」

カノン:「…いや、あいつらは戦隊じゃないだろう。フェニックスなど、登場しない方が通常だしな。」

シュラ:「しかし、確かに『赤』のほうが似合ってはいると俺も思う。」


 色が不似合いだ、というところに結論が落ち着きかけたところで、ムウが突然声を上げた


ムウ:「あっ、…なんてことでしょう。この聖衣、私がジャミールで修復してあげたものではないじゃないですか!…製作者に断固抗議しますよ、私は。」


 いや、それはお前がデザインしたヘッドパーツがいけてないせいだろう、とその場に居た者全員が心の中でツッコんだ…あくまでも、心の中でだが



シュラ:「…次は、ドラゴンでも見てみるか。」

デス:「そうだな。」


 釈然としないムウ(職業:聖衣デザイナー)をさりげなく交わして、デスマスクはDRAGONと台座に書かれた紫龍のフィギュアを手にとった


シュラ:「おい、デスマスク。」

デス:「なんだ?」

シュラ:「これ、必殺技のポーズなんだよな。」

デス:「…?ああ、そうだが…?」

シュラ:「ドラゴン、どうして聖衣を身に付けているのだ?…あいつは、聖衣を捨てて裸で戦うのが信条だろう!?」

デス:「…そ、そういえばそうだったな。…あ、あれだよ!これは唯の必殺技であって、最大の奥義、ではないってことじゃねえか?(汗)」

シュラ:「…そ、そんなものか…?」


 今ひとつ納得できないでいる二人であった



 カミュは、愛弟子のフィギュアを手にしようとしていた
 目ざとくそれを発見したミロは、慌てて止めようとしたが、時既に遅かった



カミュ:「ひょ…氷河…!(涙)…なんてことだ、氷河の尻に穴が開いている…!


 ビョオオオオォォ―――――
 天蠍宮に季節外れどころか場所違いのブリザードが吹き荒れた



ミロ:「…か、カミュ。それを見てはいけない…。それは氷河じゃない…。

カミュ:「何?」



 ぴたり
 ブリザードが止まる


ミロ:「カミュ、それはお前の知っている氷河じゃない。そいつはきっと、暗黒キグナスだ。…その証拠に、ほら。」


 …カミュが凍気を止めた一瞬の隙に、ミロは持っていたミルキーペン(メタリックブルー)で台座のCYGNUSの表記の前に「BLACK」と光速で書き込んだ

 ミロの手の中にある、尻に穴の開いたそのフィギュアは、最早暗黒キグナスと化していた…カミュの脳内では


カミュ:「…そうか、そうだよな。こんな小僧、氷河の訳がない。…すまなかったな、ミロ。」

ミロ:「…いや、俺はいいんだが、向こうで凍り付いてる奴等を解凍してやってくれ。」


 カミュの救急活動により、その場で凍り付いていた黄金聖闘士達は一命を取り留めた


カノン:「…おい、ミロ。その男はお前がきちんと温度管理しておいてくれ。」

ミロ:「…す、すまん。俺としたことが…。」



ムウ:「あ、これはアンドロメダですね。」

 ムウが、瞬のフィギュアを手にした

ムウ:「う―ん、どうしてこんなに可愛い顔をしているんでしょうかねぇ?これじゃ闘うのが大好きな少年みたいですよね。まあ、本当のことですけど。しかも、このポーズ、必殺技ではないでしょう、明らかに。」

シュラ:「う…、お前、自分のほうが可愛い、とか思ってないか?」

ムウ:「ええ?そんなことあるはずないでしょう。貴鬼のほうが絶対カワイイ、とは思いますけどね。」

デス:「それにしても…、フェニックスのフィギュアは、これもまた暑苦しいな。」

カノン:「ああ…。フィギュアになっても、あいつのサバ読み度はそのままだな。」

カミュ:「しかし、この聖衣の尻尾の部分、意外と柔らかくて可愛くないか?」


 カミュは、フィギュアの台座からはみ出している不死鳥聖衣の尻尾部分を摘んで言った


デス:「本当だな。結構優遇された造りをしている。…尻尾だけだがな。」

ミロ:「あっ!」


 ミロが突然叫んだので全員、彼に注目した


ミロ:「おい、左側にアンドロメダを置いて、その右側にフェニックスを置いてみろ!」


デス:「…こうか?」

ミロ:「ほら、こうすると、 一輝『不死鳥・フェニックス一輝、登場!』 瞬:『やっぱり来てくれたんだね、兄さん!』 一輝『勿論だ、瞬。』…てな具合に見えないか?」

シュラ:「…確かに…。」

ムウ:「成る程、それで瞬のポーズがネビュラチェーンじゃなくて、更にこんな嬉しそうな表情をしているんですね!何と言っても、彼の最大の必殺技は『兄さん召還』ですからね。

カノン:「…それでいいのか、お前ら…。」





 黄金聖闘士達によるフィギュア鑑賞会は、遂に自分達に移っていった



    
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