四百八十の瞳








 ギリシャ・聖域



 全ての聖戦の後、女神の慈悲によりおもいっきり生き返った聖闘士達は、何も無かったかの如く元通りの生活を営んでいた。
 修行に励む者、弟子の育成に当るもの、そして出身地に赴く者。
 …が、「元通り」と言う表現とは全く逆の生活を強いられる者達も確かに存在する。
 その数がごく少数であるが故に、彼らが沈黙を護りひっそりとその身を潜めていたかと言うと…これもまた肯定できるとは言い切れない。
 寧ろ、力強くそれを否定する者達の方が圧倒的多数であろう。

 その場所は、聖域中枢部・十二宮の一角…双児宮。

 今日も、この宮に男たちの怒号が飛び交う。








サガ:「カノン!ちょっとこっちへ来い!」

カノン:「…何だ、一体。」


 サガの怒号には13年以上前から慣れっこのカノンは、面倒くさそうに話半分に新聞から顔を上げた。
 間髪を入れずにサガがカノンの首根っこを掴み、立ち上がらせようと力を込める。
 仕方無く自分から立ち上がったカノンは、サガの後姿に内心罵声を浴びせながら兄の後を歩いた。


カノン:「…何処まで行くつもりだ、サガよ。前は『生ゴミストッカーがぬめっている』、その前は『風呂場の蛇口が閉まり切っていない』、その前は『自分宛のカタログを勝手に開封するな』だったか。
  今度は何だ?裏庭に教皇の死体でも放置されてたか?悪いがそれだったら十中八九俺の仕業じゃない。犯人は黒い別人格だ。俺に言われても処理はやらんぞ。」

サガ:「…煩い。黙って付いて来い。」


 後ろ頭で両腕を軽く組んでひょいひょいと歩きながら耳どころか心が痛いジョークをかます弟を一瞥し、サガは裏庭とは寧ろ逆の回廊に向って一直線に歩いた。
 下は金牛宮、上は巨蟹宮へと続く宮の回廊の端まで来て、サガは立ち止まった。
 サガの後ろで歩みを止めたカノンは、回廊から遥か下界を見下ろした。


カノン:「おお、今日はスモッグが少ないみたいだな。随分視界が利く。」


 目を凝らしてアテネの街を一望する弟をぎっと睨み付けて、サガは再び声を荒げた。


サガ:「良いから黙ってこっちへ来い。」


 サガが示す方向には、一本の柱があるだけだ。


カノン:「…?何だ。柱がどうした。」

サガ:「その柱の裏側に回ってみろ。」


 カノンが訝しげに柱の後を見遣ると、腰の高さに直径15cmくらいの穴が穿たれていた。


カノン:「…唯の穴じゃないか。これが一体何だと言うんだ。」

サガ:「…そこにお前の拳を当ててみろ。」


 暫し有って、仕方なくカノンが右手を固く握って穴に拳を沿わせた。
 拳は穴にぴったりと収まり、寸分のズレも見られない。


サガ:「……やはりお前が犯人か、カノン!」


 その様子を間近で見ていたサガからみるみる怒りのオーラが湧き上がった。


カノン:「ちょっと待て!何でこれで俺が犯人だと言うことになるんだ!?」

サガ:「馬鹿者!実況検分のデータが此処まで一致しているのだぞ、お前以外に犯人が考えられるか。」

カノン:「だからどうしてこれだけで俺が犯人扱いなのか聞いているだろう。
  だいたい拳の大きさなんて、此処の住人たちは殆ど同じじゃないか!」

サガ:「下のアルデバランはどうなのだ?明らかに手の大きさが異なっている様にしか思えんが。」

カノン:「あいつは別だ!規格外のヤツを話の引き合いに出すな!」

サガ:「じゃあ、お前でなければ誰が犯人だと言うのだ!この穴は昨晩私が帰って来た時には無かった。」

カノン:「だから、なんでそれだけで俺が犯人なんだ!?今の聖域<ここ>は戒厳令は出ていない。夜間も外出は自由だろうが!
  寧ろ夜間にしか活動していないヤツもいるだろう。…上の男とか。」

サガ:「いや、昨晩私が教皇補佐から帰って来たのは夜3時だ。その時にはデスマスクも既に自宮で寝ていた。
  …あいつの鼾は嘘は吐けん!

カノン:「他のヤツだって全くのシロじゃないだろうが!だいたい夜じゃなくて、早朝だってありえるだろう。
  毎朝ランニングで此処を通るアイオリアは妖しくないのか!?あいつだったら気分転換に一発くらい柱をブチのめす可能性は高い。
  いや、わざとでなくともあいつだったらバナナの皮で足を滑らせた拍子に柱を掴むつもりで穴の一つくらい開ける!

サガ:「…お前、どうしてその様に他人に懐疑的なのだ。」

カノン:「一番懐疑的なのはお前だろうが!!俺じゃ無いって言ってるだろうが!」


 二人の会話が永劫に続くかと思われた矢先、間に割って入る男の姿が有った。


ムウ:「…お二人とも、そこまでにしては如何ですか?」


 回廊の下から階段を昇って来たムウは、二人の側まで歩いてくると立ち止まり、菫色の瞳でじっと同じ顔をした二人の姿を見比べた。


サガ:「…ムウ。これは私とカノンの問題…」

ムウ:「いえ、だからきりが無いと言っているのですよ。あなたたちの諍いはすっかり日常茶飯じゃないですか。」

カノン:「元はと言えば、無実の俺をこのサガが…」

ムウ:「だから、きりが無いと申し上げているでしょう。…いいじゃないですか、誰が犯人でも。
  どうせ前半の宮は揃いも揃って穴はおろか半壊していたんですし。」

カノン:「…。」


 ムウの毒気にあてられて、二人はしばし沈黙した。


ムウ:「…しかし、どうしてこんなに諍いの絶えない二人を同じ宮に住まわせるんでしょうかね。
  …近隣住人としては騒音と振動の迷惑極まりないのですけど。」


 ふう、とムウがわざとらしく溜息をつくと、サガが徐に口を開いた


サガ:「…仕方有るまい、今や十二宮は住宅難なのだ。何処かの馬鹿者まで女神は遍くお慈悲を下さったのだから。
  私としてはずっと忘れていて下さっても良かったのだが。」

カノン:「何だと!住宅難、住宅難と言うが、空いてる宮はある!だから俺は天秤宮に引っ越すと言ったじゃないか!!」

サガ:「天秤宮は老師が空けていらっしゃるだけだ!勝手に住むな!」

カノン:「じゃあ、昨日提案した『幻影で双児宮を二つに増やして住み分ける』案はどうだ!」

ムウ:「…いや、それは通行人にとって迷惑以外の何物でもないですから止めてください。
  それに、それ、本当に宮の質量が増えてるとは思えないのですが。」

カノン:「いや、住む自分達自身が幻影に掛かっていればそれは真実だ!これで暖簾分けも無事完了!

ムウ:「…そんな訳ないでしょう。とにかく、これ以上無駄な争いはやめてくださいよ。
  それでなくてもあなたたちの喧嘩は神々や世界を巻き込んで派手に展開し放題なんですから。」


 再び洩らされた溜息に、二人はぐっと息を呑んだ。
 …事実だけに、返す言葉が無い。


ムウ:「…ああ、忘れるところでした。女神がお呼びです、お二人を。」

サガ:「…?私はともかく、カノンまでもか?」

カノン:「俺だって立派な聖闘士だ。勝手に例外扱いするな。」

ムウ:「はい、ストップストップ。とにかくお召しなんですから、早く行ってくださいよ。」

サガ:「…ああ、判った。すまないな、ムウ。」


 昔の古傷をさっくりムウに抉られたサガは、やや暗い表情を滲ませてムウに礼を述べた。
 その表情を見たカノンが、フフンと鼻を鳴らす。
 やがて、どちらとも無く二人は上に向って階段を昇り始めた。


 二人の後姿が見えなくなるまで見送って、ムウはまた一つ溜息を落とした。


ムウ:「それにしても、本当に仲の悪い兄弟ですね。」


 肩を竦めた後、自宮に向って階段を降りようと踵を返して、ムウはふとその場に立ち止まった。


ムウ:「…手前で止めようと思ったんですけど。まだまだ私もコントロールが戻りませんねぇ。」


 柱の穴に右拳を軽くトン、と当て、ムウは深く頷いた。













 二人が教皇宮に辿り着いたのは、それから小半時の後だった。


シオン:「…随分時間が掛かったな。一体何をしておった?」


 教皇用の豪奢な椅子にどっかりと腰掛けたまま、シオンが二人を一瞥した。


サガ:「…は。申し訳ございません。」


 教皇・シオンの前に膝を着き、サガが恭しく謝罪する。
 カノンもサガの横で同じポーズを取ってはいるが、こちらは一言も発しようとはしない。
 それもそのはず、カノンに取ってみればサガが既に言った事をもう一度述べる必要は無く、
 寧ろサガに面倒くさいやりとりは全て任せてしまえ、と決め込んでいた訳である。
 カノンのその思惑を酌んでか、膝を付いたままのサガがカノンをギロリと睨んだが、カノンは何処吹く風である。
 その様子を椅子の上からじっと見ていたシオンは、ふぅ、と弟子に似た溜息を一つ作ると頭(こうべ)を大きく横に振った。


シオン:「…お前たち、一体何時になったら普通の兄弟並の仲になれるのだ。他の住人たちから苦情が寄せられているぞ。
  金牛宮のアルデバランからは『上から突然瓦礫が降ってくるので窓ガラスが割れて困ります。』
  巨蟹宮のデスマスクからは『朝早くから長いこと喧嘩の声が絶えないので朝寝に支障を来たします。』」

サガ:「…いや、アルデバランはともかく、デスマスクの朝寝はどうでしょうか…。」


 シオンの口上に、サガが思わずツッコミを入れる。
 ゴホン、と一つ咳払いをすると、シオンがゆっくりと口を開いた。


シオン:「…ともかくだ。近隣から騒音の苦情が寄せられている以上、どうにかして解決を図る必要がある。
  そこでだ、お前たち二人には、暫くこの聖域から外に出てもらう。」

サガ:「…外…でございますか?しかし、一体…。」

シオン:「うむ。それについてはこれから女神直々にお話くださるそうだ。」


 シオンの声を合図に、教皇の座す椅子の遥か後方の重々しいカーテンがさっと捲くられ、彼らを統べる女神・沙織が麗しい姿を現した。
 シオンとサガだけでなく、カノンも恭しく彼女の前に膝を着いた。


沙織:「ご苦労でした。…サガ、カノン。二人とも、聞いていますよ。相変らず喧嘩が絶えないとか。」


 さらりと言ってのけた沙織とは対照的に、サガの顔色がみるみる真っ青になった。
 横に控えるカノンも、あまり顔色が良いとは言えない。


沙織:「…仕方ありません。あなたたち二人は、普通の兄弟に比べ、あまりにも過酷な運命を背負わされて来ました。
  ええ、言の葉も解さぬ乳飲み子の私に問答無用で刃を向けたくなるほど過酷な運命です。」

サガ:「…うっ。」


 サガの顔色が、真っ青を通り越して蒼白になり掛かった。


沙織:「…黒くならないで下さいね、サガ。


 沙織の一言に、益々サガの顔から血の気が引く。


沙織:「たかだか兄弟同士の私怨で世界と神々を巻き込むあなた達です。突然仲良くしろと言われてもどだい無理でしょう。
  …ですが、喧嘩のたびに周囲の人間に迷惑をかけるようではいけませんよ。」

サガ:「…は。」


 瀕死同然のサガ、最早魂が抜けかかっている。


沙織:「ですから、二人にはしばらく日本へ行ってもらいます。宜しいですね。」

カノン:「…女神。仰る事は良く判りましたが、我々がかの国に行って一体何を…?」


 全身蒼白のサガに替わって、カノンが答えた。
 沙織はその問いにもっともであると言いたげに一つ頷くと、言葉を続けた。


沙織:「あなたたち二人は一つの宮に二人暮らし。お互いの他は身近に誰も人間がいないからこそ喧嘩が絶えないのです。
  聞けば、あなたたちももう28歳とか。そろそろ個別に弟子を取って教育にあたってみては如何でしょうか。」

カノン:「…子弟教育…でございますか。では、かの国にその候補生がいる、と…?」

沙織:「いいえ、残念ながら違います。最近の子供は扱いが難しいと申しますから、
  まずはあなた達自身が子供に親しむところから始める必要があります。
  弟子を取ったはいいが即行学級崩壊を起こした、などと言った事態はあなた達に取っても好ましくないでしょう。」


 『最近の子供』って、13歳の貴女はどうなんですかとカノンは内心ツッコミを入れたが、決して口には出さなかった。
 それ以前に学級崩壊が起こるほど弟子を取らねばならんのかと言うことには、流石のカノンもツッコミを入れ損ねたのであったが。


サガ:「…では、我々はかの地にて、何かしら子供に接するという事でしょうか。」

沙織:「そうです。あなた達二人には日本のとある学校に教育実習に行ってもらいます。
  実習である以上、二人には短期間とは言え、実際に教鞭を取っていただく事になりますのでしっかり予習をしておいて下さいね。」


 そこまで言うと、沙織は有無を言わさず身を翻してカーテンの後ろへ消えた。
 あまりの事にしばし呆然とした二人の肩にポン、と手を当て、シオンが片手を前に翻した。


シオン:「…日本への航空チケットだ。二人分ある、受け取るが良い。」


 サガが二人分のチケットを受け取ると、シオンもまたさっさと身を翻して退室しようと扉を開けた。
 扉を閉める手前で、シオンがちらりと二人を見遣った。


シオン:「…子供の扱いは大変だからな。しっかり覚悟しておけ。」


 言い放って、シオンはそのまま扉を閉めた。
 取り残された二人は、まだぼうっと手の中の航空券を見詰めていた。


サガ:「…私たちに…弟子…か。」

カノン:「いや、だからそれ以前に教育実習だろう。」


 二人は、同じ声で溜息を洩らした。
 やがて、サガが思い出したようにカノンを見遣った。


サガ:「…女神に確認させていただくのを忘れていたのだが、一体何の教科の担当なのだろうか。」

カノン:「…!しまった。確かにそうだ。何の先生なのか判らんのでは全ての教科の予習をしなくてはいかん。
  …俺はそんな無駄はイヤだ!

サガ:「…手を抜くな、カノン。それ以前に、対象学齢を聞くのを忘れていた。小学生だったら全教科教えないといかんぞ。

カノン:「全教科の予習もいやだが、それより俺は小学生はもっと嫌だ!ガキは御免被りたい。」

サガ:「またお前はそんな事を!…聖域に来る候補生は大概小学生期と相場が決まっているだろうが。わかったら覚悟しろ。」


 無人の教皇宮に、サガの怒号が木霊する。
 何時も通りの一触即発かと思われたが、カノンは教育実習の予習の事で頭が一杯で怒号に食いついて来なかった。


サガ:「…もう一度、女神に確認を取らせていただくわけには行くまいな…。」


 今日何度目かのサガの溜息が、教皇宮の天井に向けて盛大に零れ落ちた。














 3日後、日本に着いた二人は早速沙織から示された学校に赴いた。
 校長に挨拶と説明を受けた後、校内を案内された二人は愕然とした。


サガ:「…な、なんだここは!?この学校は一体…?」

カノン:「…どういうことだ…?」


 教室の中で静かに授業を受けている学生の顔を見ているうちに、二人はある事実に気付き驚愕した。


校長:「…おや。お二人ともお聞き及び無かったのですかな。…しかし、流石ですな、すぐにお気付きとは。」

サガ:「気が付くもなにも…。何故こんなことを?」

校長:「…此処はそう言う機関でもあるのですよ。」


 校長はふっと笑いを洩らすと一つの部屋のドアを開けた。
 そこには、サイクリングマシンや脳波計、ポリグラフなどの設備がズラリと並んでいた。


サガ:「…これは?これもその為に使うのですか?」

校長:「ええ。その通りです。彼らに協力してもらうのですよ。…彼らだけに、ね。変に思わないで下さいよ。これも仕事のうちですから。」


 訝しげなサガの表情をちらりと見て、校長は致し方ないのだと言わんばかりにコメントした。







 日本・東京

 この国の最高学府として知られる某大学教育学部附属・中学・高校
 それが二人が教育実習先として送り込まれた学校だった。
 6年一貫のこの学校は、首都圏の所謂「国立の中学・高校」の中では意外に人気が低い。
 それは、受験希望者をくじ引きで否応無しに一定人数にしてから受験をさせるという入試形式にもあるが、もう一つの理由があった。
 そしてそれこそが、サガとカノンが驚いた理由そのものである。
 1学年120人のこの募集人数のうち、先程の形式で入学する子供は80人。
 では残りの40人はと言うと、別のとある形式で入学してくるのだ。
 それが…



サガ:「『双子枠』!?なんですかそれは。」



 サガが校長に詰め寄った。


校長:「そう、『双子枠』です。1学年の定員120名のうち、40人は双子を募集するのがウチの学校の特色なんです。
  …毎年40人の…つまり20組の双子が別枠で入学して来ます。」

サガ:「…しかし、どうしてそんなことをするのですか?」

校長:「ここは、一国立中学・高校という姿と同時に、教育学部の付属機関という面を持つのですよ。お分かりになりますか?」

サガ:「…それは…。」

カノン:「つまり、その双子たちは教育学研究の協力者という訳だな。」

校長:「…そうです。あなたたちも見たところ双子のようですから話は早いでしょうが、
  人間の性格や行動の特色を決めるものが一体何であるのか、これは非常に難しい問題です。
  ある人は『遺伝子により個人の性格や行動の特徴は決まる』と主張しますし、
  また別の人は『生まれより育て方で全てが決まる』と主張します。
  最近ではこの中庸を取った意見や、それぞれ別の要因により個別の現象が発生するという意見が大勢ですが、
  まだまだこの問題は解決するフシがありません。
  研究するべき問題は山積み状態です。」

サガ:「…つまり、双子を集める事で『遺伝子側』の条件を満たして研究を進めることができるわけですか。」

校長:「そう言うことです。一卵性双生児は同じDNA配置を持ちます。
  例えば彼ら二人を隔離状態のもとで長期間に渡ってまったく同じ実験に協力してもらったとして、
  違う結果が出ればそれは一時的な『環境の違い』(実験環境の違い)に起因することが証明できるのです。
  逆に離れていたにも拘らず同じ結果が出た場合、それは『遺伝子』によってもたらされた結果と受け取る事ができますよね。
 …あなたは先程「遺伝子側の条件を満たす」と仰いましたが、勿論、逆のアプローチをするために二卵性の双子もいるのですよ。
  彼らは一卵性とは逆に、DNAこそ異なっていますが育ちの環境は同じですからね。」

サガ:「…成る程。」

校長:「彼らには、放課後…通常の生徒が部活動に励んでいる間、こちらの特別研究室で様々な実験に協力していただく運びになっています。」

カノン:「これだけではなく、もっと様々な実験をしているんだろうな。」


 カノンが傍らのサイクリングマシンのハンドルを軽く叩いた。
 サイクリングマシンの後部には電極部品が取り付けられており、脈拍などのデータを取ることが明らかであった。


校長:「ええ、勿論です。他にも防音室や、感覚遮断のための暗室などがあります。
  生理学的・生物学的・心理学的な様々なデータを採取します。勿論、質問紙調査などのような簡単なテストもあります。」


 そこまで話すと、校長は身体を翻して部屋を出、廊下に出た。


校長:「…と、そう言うわけで、本校の特色などはお分かりいただけたと思います。では、私はこれで失礼しますよ。」

サガ:「…あ、校長。」


 サガが呼び止めるより早く、校長が切り出した。


校長:「ああ、貴方達の担当ですが、お二人とも中学3年のクラスを受け持っていただきます。
  えっと…兄のサガさんには国語を、弟のカノンさんには体育を受け持っていただくことになっています。
  お二方とも、よろしくお願いしますよ。…では。」


 今度こそ、校長は踵を返してその場を歩き去った。後ろ手に組まれた両の手がいかにも校長先生風である。
 校長の姿が消えたのを確認して、カノンが拳を上に突き上げた。


カノン:「よし、俺は体育か!!予習が要らない教科とはラッキーだ。」


 楽が出来る事を能天気に喜んでいるカノンの横で、サガはやはり暗い面持だった。


サガ:「…いくら国の方針とは言え、彼らを実験台にするとは…。」

カノン:「…何だサガ、まだその事に拘泥しているのか。」

サガ:「ああ。やはり同じ身の上としては気に掛かるのでな。
  …まあ、我々とて双子に生まれたおかげで随分と酷い目に遭った事も会ったが。」

カノン:「いや、それは寧ろ俺のセリフだろうが。お前は随分と楽しませてもらったみたいだしな。」


 いつもであれば一触即発の流れであったが、サガの表情は思ったより固く、カノンはやがて溜息を一つ吐いてみせた。


カノン:「…まあ、それは置いておいても、彼らはそうなることを判っていて此処に入ってきているんだからいいんじゃないか。
  それに、実際こう言った実験が世間の役に立っているのだから、そう目くじらを立てる必要もあるまいよ。」


 珍しく兄を宥める物言いに、サガがふと眉間を緩めた。


サガ:「……ああ。そうだな。彼らが不幸でなければそれで良いのかもしれん。」


 私たちと違ってな、と心の中でだけ続きを呟いて、サガはカノンの肩を叩いて促した。


サガ:「さあ、それでは取り敢えず職員室に行こうか。」

カノン:「…体育の教師も職員室が居場所だろうか。

サガ:「…取り敢えず、それも聞きに行くとしよう。」





 彼らの2週間の奇妙なスクールデイズが此処に幕を開けた。





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