貴方の横顔を見るのが好きだった
週末が近付く度、私の心は貴方の事で徐々に満たされて行く
他の人達に取っては『安息』を示すその日も、私には胸の高鳴りをもたらす緊張の時間だった
……貴方は、決して私に触れようとしない
そのかわり、何時も穏やかな笑顔で私に沢山の事を語ってくれた
貴方の暮らす場所の事、大切な友人の話、そしてこの世界の真理。
その一つ一つを、私は今もまだ覚えている
…そして、一度だけ私に見せた、愁えたその表情も


「………私は、何時か私ではなくなってしまうかもしれない。」


まだ少女だった私にはその言葉の意味がよく解らなかった
今思えば、それは貴方なりの謝罪だったのかもしれない
私を幸せにする事は出来ない、と。
………私がそれを理解したのは、13年も後の事だった






          花山振(はなやまぶき)






ギリシャ・アテネ郊外の小さな村
ピルゴス、と言うのがその村の名だったが、それ自体はこの国ではごくありふれた呼称だ
人口350万を抱えるこの国随一の大都市アテネからおおよそ20kmも南西に下がった所に、その村はある
名前こそありふれた物であるが、この村を知る人間は実は然程多くはない
…と言うのも、アッティカの荒涼とした大地をより奥深く入った山の合間に、ごくひっそりと村落が営まれているからである
『人知れずの郷(さと)』と呼ぶ者もいる
それですら村の存在自体を知るごく小数の近隣の人間からの呼称であるが故、その二つ名までもがまさに幻の如きものであろう
…なお、些か余談の類ではあるが、ピルゴス村をその妙な二つ名で呼ぶ近隣の村に、ロドリオと言う名の同様に小さな村がある
ロドリオ村の方がより平地に属し、農業にも適している分人口も多く、人々の交流も盛んではあるようだ
それが故、彼らは更に奥まった僻地のピルゴス村の事を『人知れずの郷』などと少々揶揄を込めて呼ぶのである

丘陵に面したオリーブ畑以外にはさして目立った産業も目印もないこの村の境を越え、細い路地を行く一人の女性の姿があった
彼女が身に付けているのは粗末な衣服であり、凡そ妙齢の女性に相応しからぬ風情がそこかしこに漂っている
それもその筈で、女性の姿がこうして殊更に人目を引くのは衣服の粗末さだけではない
彼女とすれ違う人総てが一様にその陽気な口を閉ざしてしまうのは、その服の色彩にあった
漆黒の衣――それは、保守的なこの国では『未亡人の纏う服』と定められて久しい
夫を喪った女性は最低三年、四十・五十を越えて夫を亡くした婦人の場合はその後一生、それを纏い続ける事も往々である
今、ピルゴス村から外界に続く細い路地をやや足早に歩むこの女性の身体を覆う黒衣は白い艶を帯び、殊更に新しい
つまり、彼女はただの未亡人に留まらず、ごく直近に配偶者を喪った事が推測される
であるが故、道々すれ違う者達は彼女のその姿に憐憫の情を露にするのであった

彼らのその曇った表情を愁眉の入り混じる微笑で返し、女性はそのまま歩みの速さを増した
緩やかに傾斜を増す道を進むに連れ、すれ違う人々の姿は減り、やがて誰も居なくなった
彼女の黒衣が誰の目に触れる事無く凡そ一時間も過ぎた頃であろうか、女性の視界に小さな門が見えて来た
梓の木で作られた門の傍らには、やはり粗末な衣服を身に付けた男が二人、槍を手に前を見据えている
――尤も、粗末な衣とは言え、こちらの場合は薄いグレーの平服であり、どうやら武術用の出で立ちであるようだ
黒衣の女性を視界に捉えた男たちは、無言で槍を脇に下げ、門の前をやや退いた


「…ありがとう。」


女性の口から、小さな謝辞が零れる
愁眉を寄せたその表情をチラリと見遣り、男たちはやはり無言で頷いた
梓の門を潜った女性は俄にその場で立ち止まり、前方遥か上空を仰ぎ見た
初夏の候、雲ひとつ無くすっきりと晴れ渡った青い空が眩しい
その青空と境界を為す白亜の宮殿群を下から数え、三番目で目を止めると瞼を閉じた

『………私は、何時か私ではなくなってしまうかもしれない。』

13年も昔に聞いたその言葉が、優しい響きを伴って脳裏に去来する


「今は………貴方の言葉の意味が分かる。」


ぽつりと一言、記憶の底の住人と言葉を交し、女性は再び瞳を開いた
あの頃と何ら変わらぬ宮殿と、そして青空。

…変わり果ててしまった物は、一体何だったのだろう

ギリシャの初夏特有の乾いた風が、彼女の頬にスッと触れ、そして通り過ぎた





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「…今日もやはり此方でしたか。お役目ご苦労様です。」


女性は、背後から突如投げ掛けられた一言にも振り向かず、伏せた睫毛を微かに瞬かせて応えた


「…これが私の仕事ですから。」

「随分と淋しい事をおっしゃるのですね。………いや…」


背後に位置しつつも女性の表情を慮り、男は菫色の瞳を伏せて一度その言葉を切った
向き合う事の無い二人の間を、乾いた空気が静かに隔てる


「…貴女を傷付けるつもりは毛頭ないのです。申し訳ありません、。」

「判っています。………貴方こそ、毎日このような場所に足を運んで咎め立てされはしないのですか、ムウさん。」


、と呼ばれた女性はふぅ、と口を突く小さな溜息を隠すために、屈めていたおのが身体をスッと起こし、その場に立ち上がった
ムウの敏感な耳は、だがその些少な溜息をも逃しはしない
眉間を悲しげに顰めたムウはの背に手を伸ばしかけ、暫し躊躇ってその手を下した
まだ新しいの黒衣の裾がさわさわと風に揺れる
は、一体何処を見ているのだろうか
ムウは目の前の哀しい女性の背中を黙って見詰め、先ほどに触れようとした己の手をきゅっと握り締めた


「…ええ。どうやら外界に不穏な気配があるとの報告ではありましたが、おそらく聖域中枢が突然襲われる事はないでしょう。私以外にも黄金聖闘士が何人も詰めています。」

「そうですか………。貴方もご自分の守るべき場所をお持ちなのですから、ゆめゆめ疎かになさってはいけませんよ。」

「貴女の事をこそ、私は心配しているのです、。……此処は守りが薄い。貴女にもしもの事があったなら、悔やんでも悔やみ切れません。」

「…その時は、それこそが神の思し召しと思っております。………私も…」


それをこそ、望んでいるのかもしれません。

言い掛けたの言葉を遮り、ムウはの黒衣の袖にそっと手を掛けた
が口の端に上らせようとした台詞を、ムウは理解していた
…それが故に、言わせてはならないのだ。
衣越しに触れられたの身体がビクリと強張り、一歩前へと遠ざかる
二人の間を更に遠く隔てた空間を埋める事を断念したムウは、たった今までの衣に触れていた掌を己の胸板に当て、その余韻を味わった


、私の宮に来ませんか?……いえ、貴女の気持ちは良く判っています。
 …ただ、貴女の村から此処まではあまりにも遠い。毎日往復なさるのは酷な事ではないでしょうか?」

「………白羊宮にお帰り下さい。」


静かに、だがしかしはっきりと拒絶の一言をムウに投げ付け、は頭(かぶり)を振った
取り付く島もないとは正にこの事かもしれない
だが、ムウはなおも食い下がった


「…しかし、幾ら入り口に番兵が配されているとは言え、そこから外は誰も貴女を護る者はいません。
 そんな危険な道を毎日貴女が歩いているのは、私には耐えられないのです。
 先程申しました通り、外界に不穏の動きがある今、貴女も決してその危機の例外ではない。」

「良いのです。…どうか私には構わないで下さい。」


生気の感じられないの一言にじりじりと業を煮やしたムウは、意を決しての前に回り込んだ
の視界を燦然と輝く金色の鎧の胸部が占め、白くはためく艶やかなマントがそれに続いた


「…、貴女はまさか、年老いて朽ちるまで此処に通い続けるつもりなのですか。
 ………だとしたら、余りにも悲しい。此処に眠る多くの者だけではなく、貴女までもが生きながら黄泉の住人になってしまうにはまだ早すぎる…。」

「………私は、死したも同然の女です。こうして多くの聖闘士達の眠るこの場所で墓守をする事こそ、今の私に相応しい勤めだと思うのです。
 そして、墓守をさせて欲しいと言う私の我儘を御赦しくださった女神には、言葉で表せぬ程深謝いたしております。」


すい、とムウの纏う金色の鎧から己の身体を反らし、はすぐ傍らに設えられた白い大理石の前で再び身を屈めた
二尺四方程度の白い石版は表面が平らになめされており、半ば大地に埋もれている
まだ新しい石版に刻まれたたった四つの文字を、の生気の無い指がすっとなぞった
ΣΑΓΑ……サガ、と、ただそれだけの冷たい記号の寄せ集めを。
片手の指で軽くなぞっていただけの仕草から、やがて両の手で包み込む様にして石碑を抱くの姿に、ムウは掛けるべき言葉を持たなかった





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それは、14年前の事だった
聖域近くの小さな小さな村落に、聖域よりの使者と称する男が一人、訪れた
もとより何も無い寡民の村の事である。見知らぬ男の来訪に、村中が興味津々と言った風情で俄に沸き立った
村長の家に招き入れられた男を一目見ようと、村の老若男女が長の家を緩く取り巻く
さながら、年に一度執り行われるオリーブ収穫祭の如き様であった
季節は初夏。夏の湿度の低いこの国では非常に心地よい風が吹き始め、人々が家の外で寛ぐ事も多い時期である
それも手伝って、普段はあまり家の外に出ない未亡人たちまでもが村長の家の周囲で世間話に花を咲かせ始めていた


「聖域よりのお使者殿だとか。…この村では随分珍しいわねぇ。」
「本当に。向こうのロドリオ村には頻繁にお使者がいらっしゃるらしいとは聞いた事があるけどねぇ。」
「一体、何の御用事かしらね?」


使者は兜を目深に被っていたためその素顔は不明であったが、もし顔が見えていたならばさしもの未亡人たちも男の容貌について些かの詮議を醸し始める事だろう
…女たちの騒ぎとはまた別に、村の男衆も腕組みした姿勢のまま、長の家に熱い視線を注いでいた


「まさか、聖域で何かあったのか?…数百年に一度の『聖戦』が起こるのでなければ良いが…。」
「…判らん。ただ、聖戦の際には近隣の村人はロドリオ村に集められたと聞いた事はあるが。」
「いや、戦とは限らんさ。…ほら、村長は若い頃、聖域の神官を務めたと聞く。きっと神事に関する打診ではあるまいか。」
「…であれば良いが。もとより何も無いこの村じゃが、戦だけは御免じゃ。」
「何を仰る。我らの村を庇護する女神の戦いを厭うとは、女神の呪いを受けましょうぞ。」


女たちと異なり、男衆の話題は時間が経つに連れ、より不安を煽るものに偏りがちであった
寒村とは言え村を護る義務を抱えた男達の事である。致し方ないと言えば致し方ない推移かもしれない

一時間余りもその状態で膠着し続けた頃であろうか、ガタリ、と長の家の古木戸が開かれた
ざっ、とその場の全員の視線が古木戸に注がれる
ゆっくりと敷居を跨ぎ、姿を現した村長は辺りを見回し、木戸の近くに立っていた初老の男――どうやら、副村長クラスの男であるらしい――を静かに手招いた
すぐさま小走りに村長の傍らに参じた男に、長が何やらこそこそと耳打ちをする
…まさか、本当に聖戦の勃発だろうか?
周りの村人たちは一様に不安な表情で二人を見守った
暫く長の話に耳を傾けていた初老の男は、話が収束に近付くに連れ飛び出さんがばかりに大きく目を瞠り、やがて口元を綻ばせた
凶事ではないのか…?
村人達の不安な表情は、それでも猜疑に曇ったままである
話を聞き終え、一つ頷いて見せた男はゴホンと咳払いをして村人達の前にその頑健な身体を翻し、口を開いた


「慶事だ!……誰か、を呼んで来てくれ。」


聖域と慶事と、そして村娘・。三者の関係が今ひとつ掴めない村人達は、きょとんとした表情でお互いの顔を見合わせた
初老の男はその様子に構う事無しに、もう一度村人たちに尋ねた


は何処だ?…今は村から外に出ているのか?」

「………私は此処です。」


混乱の面持ちで溢れた人垣の中から、一人の少女がすっと前に歩み出た
木戸の方向に手招きする初老の男の後ろで、村長が大きく頷く


「おお、、居たか。とにかくこっちへ来なさい。」


招かれるがまま、とぼとぼと少女は数歩、長の家に近付いた
村人達と同様、その表情は疑問に掻き曇っており、歩調にまでその覚束無い様子が滲み出ていた
がたじろぐのも無理からぬ筈である。普段はあまり接する事のない村長に名指しで急に呼ばれた上、この衆目である
慶事と聞いてほんのり好奇心の入り交じり始めた村人達の視線を浴びる理由は何一つないのだから、尚の事は不安に駆り立てられようと言うものだ
古木戸に続く階段を上がると、ギシギシと古木の軋む嫌な音がの耳を掠める
たった数段の階段なのに、これほど長く遠く感じるのが不思議で仕方無かった
残された最後の一段をゆっくりと上がり、木戸の前の空間に恐る恐る両の足を付けた矢先、の体がぐい、と傾いだ
初老の男に強く腕を引かれるまま、は村長のすぐ前におのが背中を晒す形で立たされていた


「村の衆よ、慶事じゃ、とくと喜べ!」


ポン、と目前のの肩に皺だらけの両手を載せ、村長は珍しく大声を張り上げた
老いも若きも、ざわざわと村人達が一斉に色めき立つ
文脈を掴めないが困惑顔でくるりと後背の長を見上げると、白髭に埋もれた人の良い顔をにこりと歪ませ、村長は再びを前に向かせた


「今しがた、聖域よりのお使者が参られた。
 聖域におわす教皇猊下の星占にて、彼の地が黄金聖闘士殿の許婚にこのが選ばれたとの由。」


え………っ、と言うの驚愕の声は、村人全員が発する喚起の渦にいとも簡単に掻き消された
再度村長を翻ったの、その大きく見開かれた瞳に笑い掛け、長が言葉を次ぐ


「婚礼はまだ数年の後との由。じゃがしかし、我らがピルゴズよりかくも栄えある花嫁に選ばれし娘の出し事、まさにこれ以上の瑞祥は無い。
 …村の衆よ、今宵はこのを囲んでの祝いを執り行うぞ。
 女達は宴の支度を、男達は外にある村人達に触れをせよ!」


どっ、と喝采が沸き起こり、村人達はやがて散り散りに長の家を退いた
後にぽつんと残されたは、しばし唖然と口を開いたままその様子を見送った後、はっと気付いて後ろを顧みた
横に立っていた筈の初老の男の姿はすでになく、長も古木戸の向こうに消えていた

…一体、今の一時は何だったのだろうか…?

…無論、が話の内容を理解できなかったと言う訳では無い
許婚の意味も知っているし、聖域にいると言う黄金聖闘士達の話も耳にしている
…そして、女神より総てを託されし教皇の星占によって、自分がどうやらその黄金聖闘士の一人と結ばれる運命にあるらしいと言う事も。
だが、一体この状況は何なのだろう?そして話の中心である筈の自分が何の説明も無く、どうしてこんな場所に一人放り出されているのだろう?
この余りにも無責任な状況に、許婚の話までもがあたかも嘘であるかの如く思え、はただ立ち尽くしたまま今の今まで人々でごった返していた広場を見詰めた



「…さぞ驚いただろう。突然こんな事態になったのだからな。」



背後から突如として届いた低い声に、はビクリとして身を翻した
閉ざされた古木戸のすぐ脇に、いつの間に姿を現したのか一人の男が立っていた
どこから見てもまだ少女としか言い様の無いから見ると、見覚えの無い男はあんぐりと見上げる程に恐ろしく背が高い
だが、その体つきはまだ頑健と評するには程遠く、完成されてはいない様でもあった

…ああ、そうか。きっとこの人がさっき村長が言っていた『聖域のお使者』なのかも…。

聖域雑兵独特の兜を目深に被ったその目元を詳らかに覗き込む事は難かったが、どうやら口元を綻ばせているようだ
村長の家の前に見知らぬ男と二人、置き去りにされているこの妙な状況が段々愉快に思えて来たは、先程までの困惑を払拭してくすり、と一つ笑った


「…そうね、だって急にあんな事を言われたらやっぱりびっくりしてしまうでしょう、貴方でも?」


まさか自分に話が跳ね返って来るとは思いもしなかったのだろう、問い掛けられた当の男はおや、とその整った口元をうっすら開いた
傾げたその首の動きに合わせて、兜の後ろから伸びる長い髪がさらり、と肩に零れた
がそれまでに見聞きした憶えのある聖域の使者は、大抵が髪を短めに切り揃えていた
中には肩より少し長い者もいたかもしれない
…が、此処まで長い髪を靡かせている男は流石に初めてだった。何しろの髪よりも遥かに長いのだ
傍らに立つ男の腰まで伸びる美しい髪を陶然と見詰めるを見おろし、男は再びその口元を綻ばせた
口元だけに及ばず、本当は目元までもが笑っていたのであるが、重厚な兜のおかげでそれは少女には毫も見えなかった


「随分と面白い娘さんだな。…だが、君のような女性だったら、きっと許婚の黄金聖闘士殿も喜ぶかもしれないな。」


…えっ、と小声を上げ、は男の美しい髪から兜の下の見えぬ顔へとその視線を移した


「お使者様はその黄金聖闘士の方を知っているのですか?」


聖域は完全なる縦社会だ。奉じられる女神を除けば、上は教皇から下は雑兵に至るまで、序列は厳密に護られている
…少なくとも、を始めとした聖域近くの村人達はそう聞いている
村にやって来る聖域の使者と言えば、その中でも決して高い地位にあるとは言えまい
せいぜいが雑兵の隊長格である
そんな端(はした)の者でも黄金聖闘士の事を詳らかに見知っているのかしら…?
の顔には素朴な疑問の色がはっきりと現れていた
使者本人に対し些か失礼な類の疑問ではあったが、受け取る側の本人はさして気分を悪くしてはいない様子で少女に向けて一つ頷いて見せた


「…そうだ。私のような雑兵でも、聖域の聖闘士と直に話す事もあるのだよ。
 彼らは時折、私達を相手に稽古を付けてくださる事もある。その時には色々教えて頂く。
 稽古の後に話をする事もあるかな。」

「ふうん、そうなんですか。」


至極簡単な説明だけで得心の行った様子を示すは、まさに年相応の素直さを持っていると言えよう
男は、くすりと微かな笑いを洩らした
話にしか聞いた事の無い聖域の世界を垣間見た気分になって少々興奮気味のだったが、肝心の本題を思い出してはっと赤面した


「あの…それで、その黄金聖闘士の方ってどんな人なのか教えてください。貴方、その人の事を知っているのでしょう?」


…ああ、やはりこの娘(こ)も年頃の少女なのだ。『自分の許婚』と言う特殊な存在が気に掛かるのだろうな。

男は兜の下の目を少し細め、少女に見えぬよう笑うと少し身体を屈めた
無論、の視線に少しでも己を合わせるためである


「…そうだな、その方は12人存在する黄金聖闘士の中で3番目の宮・双児宮を守護なさる方だ。我々は双子座の黄金聖闘士とお呼び申し上げているが。」

「双子座の…黄金聖闘士…。」

「確か、今年で14歳になられた筈。…君は今幾つだったかな。」

「13です。じゃあ、一つ年上なだけなんですね。…良かった。てっきり物凄く年上の方なのかと思っていたので。」


安堵に胸を撫で下ろすの仕草に、男は兜の下で再度目を細めた
聖域に在ってはあまり目にする事のない類の光景なのが余程新鮮なのだろうか


「案じずとも良い。聖域の黄金聖闘士は代替わりしたばかりで、一人(ひとたり)を除いて皆若いと聞く。…勿論、全員が抜きん出た力量をお持ちではあるがな。」

「そうですよね、何と言っても黄金聖闘士に選ばれるくらいですものね。
 …それで、その方はどんな方?背はどのくらい?お顔を見た事はありますか?」


矢継ぎ早に質問を浴びせかけるに一瞬圧倒され、面食らった男はやれやれと言った仕草で少し肩を竦めて見せた


「そんなに沢山訊かれても、私はその方と親しい程ではないからな。
 …だがそうだな。背は…丁度私くらいではなかったかな?」

「他は…?」

「後は……そう急がずともそのうち判る。」


そのうちって、どう言う事…?
は首を捻って男を見上げた
兜に埋もれて見えない筈のその目元が何故か優しく笑っている気がして、は少しドキリとした
男は口元を優しく緩めるとクルリとやや細身の身体を翻し、長の家の木の階段に足を踏み出した
あの…と後背から追いすがろうとしたを制するかの如く、男は兜に包まれた頭部だけで振り返った


「来週、君の許婚が村を訪れる。無論、君に会いに、だ。」

「……え……?」

「楽しみにしているが良い。…ではな。」


階段を降り、男は振り返る事無く一歩また一歩とはっきりとした足取りで、村の出口へ向けて歩み去った
兜から伸びる男の長い髪が歩調に合わせてさらさらと揺れるその様子がやたらくっきりとの脳裏に焼き付いたのは、来るべき来週の事を思って小さな胸が高鳴り始めたせいだろうか
階段の前に一人呆然と立つの向こうから自分の名を呼ぶ村人の声が届いた気がしたが、上の空のには意味の無い記号の寄せ集めにしか聞こえないのだった







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