"A book worth reading is worth reading twice."と言うイギリスのことわざがある
  「本当に読む価値のある本は二度読む価値がある。」という程の意味だが、情報化社会の現代において、このことわざ通りに「価値のある本」を二度も読んではいられないというのが寂しいばかりの現状である
  日々大量に生み出された文章は、一度読まれたら省みられる事は少ない
  それでも、ふともう一度昔の本を読みたくなったなら……それこそが本当に「価値のある本」なのではないだろうか

  願わくは、人生に於いてより多くの「最良の書」に出会わんことを











おおきな木、おおきな男








  がその男に気付いたのは、ほんの偶然だった
  夕闇迫る開架のカウンターから落ちた本を拾い上げようと身体を屈めた刹那、の視界の端を白いシャツが掠めた


  「んんん……?」


  本を手にしたまま良く目を凝らすと、カウンターから遥か彼方の読書コーナーの端に一人の男が足を組んで座っているのが見える
  何やら熱心に読み耽っているようだった


  「もう閉館の時間なのに…。きっと時間も忘れているのね。」


  は背後の大きなアナログの丸時計を見上げた
  …午後7時5分。もう閉館の時間を少々過ぎている

  どうしよう。教えてあげた方が良いかしら?
  ……でも、なんだか可哀相
  あんなに熱心に読んでいるのに

  は丸時計と男を見比べて、小さく溜息を落した
  「読書に夢中で時間を忘れる」事が決して他人事では無いだけに尚更だ
  仕事は仕事なのだが、こんな瞬間にはいつも躊躇ってしまう
  に取って、「書を読む」と言うことは智慧を得る一つの神聖な行為であり、それを阻害する権利は自分にあるとはとても思えなかった

  そして、が10分以上このようにたっぷり迷っているこの間にも、男は席を立つ気配を微塵も見せない
  閉館から15分経ち、それでもどうしようか迷っていたは、彼の側の照明が落される時間になりつつあることに気付き、それをきっかけにようやく男に声を掛ける事にした




  ポトスの鉢植えの陰に設えられたベンチ式の椅子に、男は足を組んで座っていた
  背後のガラスの壁に微かに凭れたその背中は、がっしりとしてとても固そうに思えた
  会社帰りのサラリーマンだろうか、男は白いワイシャツに臙脂のタイを締め、その上からスラックスと同じ色のベストを身に付けている
  男の近くまで来て、ははっと立ち止まった
  …英字新聞を読む男の目が、あまりにも穏やかな温もりを湛えていたから

  「文字に親しむ」とはまさにこんな事を言うのかしら
  真剣だけれども、リラックスしている
  こんな風に構えて物を読む人ってのは今の時代、そうそう見かけるものじゃないかもしれない
  …まして、図書館に勤めて「読書人」を毎日沢山見ている私でさえも
  この人の周りだけ、緩やかな時間が流れているみたい

  男とその周囲の空気をポトス越しに眺めているうちに、はふと自分もその中に入り込んでしまいたくなっていた

  ……そうだ!

  は慌てて職員用の休憩室に走ると、来客用のカップにコーヒーを入れ、トレイに載せるのももどかしげに元のコーナーへと急いだ
  …男の手前まで来て、小走りから歩みをゆっくりに落とし、男の死角から邪魔にならないようにそっと近付いた


  「……どうぞ、コーヒーです。」


  その場の空気を壊さぬように、ごくゆっくりとは男の座るベンチのサイドにカップを置いた


  「…ああ、ありがとう。」


  男は少し目を細めると、ごく自然にカップに手を掛け、口元へと運んだ
  男の発した低く太い声が、の鼓膜を心地よく刺激する
  それは、今この男が浮かべる目元の表情同様に、とても暖かく優しい
  最初はその眼差しに、そして声に。
  は仕事の事などすっかり棚の上に追い遣り、カップを挟んで男の側に座り込んでいた

  男はさも午後のヨーロッパのカフェに居るかの如く身体を傾け、4つに折った新聞をゆっくりと目で追っていた

  短く刈られた金色の癖毛が、テラスから僅かに差し込む夕闇の光を鈍く反射する

  …信じられない。こんな光景が目の前に広がっているなんて
  私は司書で、ここは職場である市の図書館なのに

  男の生み出す空気が、ありきたりな街の一角を明るく、緩やかな空間に染めていた












  「……ああ。もう閉館なのかな?」



  組んでいた足を換えた拍子に、男は新聞から目を上げた

  …ああ、勿体無い。

  男の周囲の空気が元の図書館に戻ることを少し残念に思い、は片肘をついていた腕を膝の上に戻した


  「ああ、こんな時間だな。すまない、つい時間を過してしまった。」


  男は左腕の時計を一瞥して軽く溜息を落すと、に詫びた
  新聞を畳んだ左手で首筋の後ろを軽く掻く仕種が微笑ましくて、ついは笑いを漏らした


  「いいえ。とても熱心に何かを読んでいる人を邪魔するなんて、何だか勿体無くて。」

  「…勿体無い、か。なかなか面白い事を言うんだな、君は。」


  に釣られて、男もその暖かな声で笑いを零した


  「このコーヒー、君が煎れてくれたんだな。…とても旨かった。」

  「いいえ。お礼を言われるほどの事ではないですよ。…インスタントですし、ね。」


  片目を瞑るを、男はゆっくりと見遣った
  男の青い瞳の中に映るその姿は、溌剌として非常に好ましい印象を醸し出していた


  「だからかな。」

  「……え?」

  「…君が煎れてくれたからかな、このコーヒーを。
   だから、此処がとても居心地が良くて、つい時間を過してしまったのかもしれないな。」


  男は徐に立ち上がると、男の言葉に唖然としたまま傍らに座っているにその右手を差し出した


  「ありがとう。旨かった…本当に。」


  は少し呆然としたまま男の手を取り、ゆっくりと立ち上がった
  …男の手はその身体と同じく、とても大きくてごつごつとしていて……そして暖かみに溢れていた


  「…いいえ、本当に大したことじゃないですから。」


  照れ隠しのつもりで俯きかけたの唇に、男は人差し指を充てた


  「そうやって否定するのは日本人の悪い癖だな。褒められた時は素直に喜ぶものだ。
   …素直に、な。」

  「………はい。ありがとうございます。」

  「…礼を言っているのは俺のほうだぞ。」

  「あ、はい。どういたしまして。」


  は俯いていた顔を上げて、男を見上げた

  …大きい。なんて大きさなんだろう。

  あんぐりと自分を見上げるの心情を読んだのか、男はぷっと笑いを漏らした


  「…俺はアイオリア。この図書館の新聞の搬入を受け持つ業者だ。」

  「ええっ!業者の方だったの!?…てっきり会社帰りのサラリーマンだとばかり…。」


  慌てるの頭の上に掌を落とし、アイオリアは口元を優しく緩めた
  くしゃくしゃと、アイオリアの大きな手がの髪を微かにかき分ける


  「今日もお疲れ様、名無しさん。」

  「……あっ、私…私はと言います。此処で司書をしています。」


  アイオリアに乱された髪を元に戻しながら、は姿勢をやや正して名前を名乗った


  「…か。覚えておくよ。さあ、もう閉館だろう。エントランスを閉めに行こうか。」


  アイオリアはに空のカップを渡すと、入り口に向って大股に歩き出した
  はしばらく時が止まったかの如く立ち竦んでいたが、カップに視線を落してはっと我に返った


  「あっ、ちょっと待ってくださいアイオリアさん!鍵を掛けるのは司書の仕事です。業者の方にしていただく訳には…!」

  「さん、は要らない。アイオリアで良いよ。」


  の遥か前方から、アイオリアの返事が暖かな笑い声と共に響いた
  はその声量の大きさに少々驚いたが、くすりと笑って後を追った


  「アイオリア!そこ(エントランス)から外に出ないでね。一緒に裏から出ましょう!」

  「ああ、了解。早くしないと日が暮れ掛かっているぞ。」


  がアイオリアに追いつくと、アイオリアは指で空を指し示した
  夜の藍色があたりを包み込む中、ほんの微かに紫から赤のグラデーションが地平で帯を描いている


  「綺麗。……一日が終るわね。」

  「…ああ。」


  エントランスに並んだまま夕闇を見上げて、二人は暫し「言葉」の要らない世界に立ち尽くしていた















  一ヵ月後、はささやかな辞令を受けて頭を抱え込んでいた


  「うー、一体どの本にしたら良いのよ…。」


  閉館後の図書館の一角で、は何冊もの小さな本を手にしてはパラパラめくり、そして傍らに戻す動作を繰り返していた


  「これが毎週続くなんて、この先が思いやられるわ…。」


  誰もいない空間に、の溜息だけが静かに響いた
  よいしょ、とはカーペットに足を放り投げてごろりと横になった


  「あー、もう、ほんとにどうしよう。…絶対に配置ミスだって。」






  『児童書コーナー担当』、それがに今回下された異動だった
  児童書コーナーなどと言うと、いかにも可愛らしく微笑ましい仕事に聞こえるかもしれないが、人に拠っては実は館内で一番ハードな任務内容となる
  …と言うのも、何せこの仕事のサービス対象は、図書館のシンボル「静寂」とはまったく対角線上に位置する『こども』だからである
  無論、は子供が嫌いと言う訳ではない
  しかし、大好きと言うレベルでもなく、普段から頻繁に子供に接する環境に生活していない以上、子供に対しての「慣れ」が形成されていない。
  これがの悩める現状だった
  しかも、それまでの担当箇所がなまじ『文学』コーナーであったため、利用者の性質がまったく正反対になってしまった事が何よりも堪えた


  「はーい、その本はこれですよぉ〜。」
  「えっとねぇ、この御本をあっちに持って行ってね。」
  「そんなに御本を開くと、御本が痛い痛い〜って。ね。」


  ……つ、疲れた

  それまでであれば、本の所在や記載事項の問い合わせ、作品の由来などと言った如何にも「文学」コーナーならではのハイクオリティ・ハイソサエティな会話を交わし、
  「本」を通して「同好の士」との交流を愉しんでいた感もあったが、児童書コーナーに配置換えされてからと言うもの、口にする言葉といえば以上の如きものである

  子供の視線まで自分の視線を落し、甲高いお姉さん声で話し掛ける
  散らかし放題の本を元の位置に戻す
  気が付くと本を開いて声に出して読んであげたり、子供を抱きかかえたりまでしている

  ……私は、保母さんじゃな――い!『司書』さんなのよ!

  は毎日夕方にはぐったりして休憩所のデスクに身体を突っ伏して心の中で叫んでいた
  小さな子供はにとってまるで別の星の生命体で、長時間接しているとどんどん自分の体力が吸い取られて行く気がしてならなかった

  そして先週から、週に一回の「絵本の時間」と称した絵本朗読会を遂に自分が担当する事となり、の精神的疲労はいや増すばかりである


  「だいたい、絵本なんていっぱいありすぎてどれにして良いかすら分からないわよ…。」


  閉館後の児童書コーナーの赤いカーペットの上で、そして今日もは大量の絵本の山に埋もれているのであった
  絵本は所謂「御伽噺」や「童話」を始め、現代作家の創作から写真の入った科学もの、仕掛け絵本までと多彩なジャンルとラインナップに富んでいる
  その中から一冊づつ読んで選り分けるだけでも大変な労力が掛かるのは今更言うまでも無い
  幼稚園児を対象とした絵本と言われても、これがまたのキャリアと想像力ではどれが喜ばれるのか分かり難い


  「ポケ〇ンの絵本とかの方が無難かなぁ。…でもなんかそれも芸が無いわけで。キャラについて訊かれても殆ど分からないし。
   確か、最近隣の家にお嫁入りしてきた奥さんがポケ〇ンが好きで、車にぬいぐるみまで乗せてたわよね。
   彼女にご教授願おうかしら…。いや、それはまた別の問題だわ。今は絵本、絵本。
   …う――ん、絵本って本当に未知の世界だわ…。」


  一人でぶつぶつと呟きながら、は時折深い溜息を零した

  思い起こせば、絵本なぞ小学生になったあたりから全然読んでいない
  まさかこの歳になって、絵本の山に埋もれてみるなどとゆめ思いもしなかった

  ふと顔を上げて大窓の外に視線を移すと、もう辺りはとっぷりと暮れて暗闇の世界が広がっている
  自分の居る児童書コーナーの蛍光灯の灯りがいやに明るいコントラストを描き出していて、自分がまったく場違いの所に居る様に感じられては少々自己嫌悪気味になった
  カーペットに横になったまま、はぁ、と大きく溜息を吐(つ)いた




  「……どうした?こんな時間にこんな所で。」




  目を閉じた途端に頭の上から声が降ってきたので、は驚いて身体を起こした
  児童コーナーと通路を隔てて並べられた白いキューブ型のスツールに、男が腰を掛けている


  「…アイオリア!どうしたのこんな時間に。」

  「…それは俺の質問だろう。俺は溜まった新聞を書庫に分類整理していただけだ。手伝ってくれと言われてね。」


  蛍光灯の真下に居るためか、アイオリアの金色の髪が何時もより眩しくうねりを描いている
  下手に誰も居ないと思っていただけに、の胸はまだ若干早鐘を打ち続けていた


  「外部のアイオリアに整理を任せちゃうなんて、担当の人も何て事を…。」


  が遺憾の意を乗せて溜息を落すと、アイオリアは頭(かぶり)を振った


  「いや、俺は一向に構わないよ。此処は他の図書館よりも居心地が良いから気に入っている。一人暮らしだから遅くなっても気に掛ける人間も居ないしな。」

  「…でも、だからってこんな時間まで残らなくても…。」

  「遅くなっても、俺は夜道で襲われる心配もないだろう。…違うかい。」

  「あはは、そりゃそうだわ。アイオリアを襲うなんて人が居たら、迷わず『勇者』と呼んじゃうわ、私。」


  現場を連想して、は堪らずに笑い声を上げた


  「おいおい、それは無いだろう。…で、、君は此処で何をしているんだ、それこそこんな時間まで。」


  アイオリアは僅かに顔を顰めて、その後笑いながらの隣に腰を下ろした
  の周りに堆く積まれた絵本をじっと見回し、近くの本を一冊手に取った


  「……絵本?」

  「ええ。このあいだから私、このコーナー担当になっちゃったのよ。
   …で、毎週一回行う絵本の読書会の本を選んでるってわけ。」

  「…成る程、な。」


  アイオリアは手に取った絵本をパラパラとめくり、元の山に戻した
  ちらりとの横顔を見遣ると、その表情には疲労困憊の色が濃く浮かんでいる


  「大変だろう、君も。」

  「ええ、こう言う仕事は慣れなくて。一体どんな本を選んで良いのかすら皆目見当もつかないわ、本当に。」


  肩を竦めてみせるに、アイオリアは軽く首を傾けた


  「…いや、俺が言ったのは、子供のことだ。……大変だろう、彼らのお相手は。」


  アイオリアのその言葉に、は心の裏(うち)を読まれた心地がして少々驚きながらも頷いた


  「…鋭いわね。…ええ、正直不慣れなものだから疲れるわ。でも決して嫌いってわけじゃないのよ。」

  「ああ、解るよ。あらゆる事に於いて子供は大人とペースが違う。誰だって最初はそれにひっぱり回される様に感じるものさ。」


  どこか感慨深げなアイオリアの言葉に、今度はが首を傾げた


  「…アイオリア、子供がいるの?」

  「なっ……、そんな訳ないだろう。」


  慌てて否定するアイオリアの顔はすっかり上気して紅に染まっていた
  大男が「子供」と聞いて一体何を連想したんだろうか、とは埒も無い事を考えて笑いを零したが、それを受けてを見詰め返すアイオリアの表情はどこか『男』の色を醸し出していた


  「…アイオリア?」

  「…い、いや。君にそんな事を言われるとは思いもしなかったものだから。
   俺が育った場所は結構子供が多い環境でな、頻繁に相手をしたことが有ったんだ。…だから。」

  「ふ―ん、そうなんだ。なんだか子供について語る時のアイオリアの表情が妙にお兄さんというかお父さんみたいだったから、てっきり子持ちパパなのかと思っちゃったわ。」

  「…!、誤解するな。俺は二十歳で独身だ。ついでに恋人も居な………!」

  「…?」

  「…いや、違う。気にしないでくれ。」


  アイオリアは更に赤くなると、暫く無言のまま俯いていた
  連日の子供の相手で憔悴しきっているためか、もアイオリアの微妙な表情に何も気が付かないままだった

  数分後、気を取り直したアイオリアは思い出したかの様にに尋ねた


  「で、決まったのか?読む本は。」

  「うう――ん、目星も付かないってことかしらね。
   正直、子供の本って興味が湧かないって部分もあるんでしょうけど、どんなものを読んであげたら良いかまだ掴めないわ。」

  「成る程な。試行錯誤中ってところか。」

  「ええ、まあ。アイオリアだったらどんな本を読んであげたい?」

  「……そうだな……。」


  アイオリアは暫し顎に手を当てて考え込んだ後、何冊かの本をパラパラとめくった


  「これなんかどうだ?」


  「シンデレラ」や「白雪姫」などの童話の本がその大きな手の中に収まっていた
  は軽く腕を組み、首を横に振った


  「ううん、そう言うのはもうみんな何度も聞いて知ってるし、ちょっとありきたりじゃないかしら。」

  「…そうか…。逆に、俺は小さい頃にこんな話を読み聞かせてもらえる環境じゃなかったから、一種の憧れなんだけどな。
   …確かに難しいな。」


  アイオリアが目を細めてどこか遠い所を見詰めるのを、は少し悲しげに見上げた


  「…ごめんなさい。なんだか貴方の辛い思い出を思い起こさせてしまったみたい。」

  「いいや、構わないよ。…もう昔のことだし、幼い頃の憧れだった絵本に今はこうして君と二人、囲まれているから充分幸せだ。」


  隣に座っていたアイオリアの手が、言葉と同時にの背に回された
  は一瞬どきりとしたが、その手がとても安心できる温もりを湛えていたことに安堵して、ごく自然にそれを受け入れた


  「………本当に御伽噺が必要なのは、子供ではなくて俺たち大人なのかもしれないな。」

  「…そうね。」


  は俯いたまま、頭をアイオリアの肩にそっと凭れた

  …こうしていると、ここ数日の疲れと焦りが全て消えて行くみたい
  不思議だけど、決して嫌いじゃないわ、この温もり


  「…焦る必要はないさ。何だって最初は誰しも戸惑うものだからな。」

  「…ありがとう…。」


  アイオリアの大きな掌が、の髪を優しく撫ぜた
  子供が大人にあやされているような、それでいて「男」に閨房で愛撫されているような、複雑な感触をは為すがままに受け入れていた



  どのくらいの時間が過ぎた頃だろうか、アイオリアが徐に傍らの本を一冊取り上げた


  「…どうしたの、アイオリア?」

  「…いや、この本…。」


  アイオリアの手には緑色の表紙の絵本があった
  一本の木と、小さな男の子の絵がその表紙に描かれている


  「『おおきな木』……?知らない本だわ。でも、それがどうしたの?」


  首を傾げるに、アイオリアは頷いてその本をに示した


  「…読んだ事が無いなら好都合だ。、今日家に帰ったら、この本を読んでごらん。
   そうだな、できるだけリラックスして、寝る前が良い。」

  「私がこの絵本を……?」

  「ああ。きっと何か良い発見があるはずだから。」


  は訝しげな顔をしていたが、アイオリアの優しい笑顔を見ているときっと何か良い事がありそうだと予感して頷いた


  「解った。じゃあ今晩読んでみるわ。」


  の返事を聞いて、アイオリアも頷くとカーペットから立ち上がった


  「よし。じゃあ今日はもう真っ暗だから帰るか。」

  「ええ。戸締りしなくちゃ。」

  「手伝うよ。高い所は俺に任せてくれ。」


  は、アイオリアが差し出したその魔法のように温かな手を取ると、その場に立ち上がった







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