夢と現実の境界


      日も暮れて辺りが夕闇に包まれた頃、シトシトと雨が降り始めた。
      雨粒がガラス窓に弾け、細かな水玉となって流れ落ちてゆく。

      空調の整った部屋の中は心地よい程快適だ。
      外はさぞ湿った不快な空気で満ちていることだろう。
      夏の夜に降る雨は、どこまでも気持ちを鬱陶しくさせる。


      「ふぅ…。いやな雨。明日には止むかしら…。」

      窓際に歩み寄り、煎れたばかりのコーヒーに口を付けながら、は呟いた。
      パシャパシャと打ち付けられる雨は、すぐには止みそうにないものだった。
      明るく照らされた室内からでは、真っ暗な外の景色はよく見えない。
      それに加えて、飛び散る飛沫が部屋の明かりを乱反射させる。
      いくら外の様子を伺おうと覗き込んでも、見えるのは雨に濡れた、自身の顔だけだった。

      諦めたようにため息を付いたところで、部屋のドアがノックされた。

      「どうぞ。」
      「先生。205号室の患者さんの検診、終わりました。」
      「有難う。変わりはなかった?」
      「はい。安定してます。…今夜、先生は当直でしたよね?」
      「そうよ。傘持ってきてなかったし…丁度いいかもね。」

      は、報告に来た若い男性看護士にちょっと困ったような笑顔を見せた。

      世に言う病院長が何人もの派閥の医師を引き連れて歩く大病院とは行かないまでも、中堅の病院の
      内科医として、は勤めていた。
      医師になって三年以上が経ち、丁度自分の力を自分の意志で試せるぐらいの時期だ。
      寝る間さえ十分にとれないこの厳しい職場が、は嫌いではなかった。

      「先生が当直なら、患者さんも皆安心ですよ。だって、人気ありますもん。先生は!」
      「だといいけどね。医者は人気だけじゃもたないわ!」

      看護士の煽て文句に可笑しそうに笑って、は自分のデスクに着き、カルテを開いた。

      「でも、安心できるって大切だと思うんです。気弱な時に、支えてくれる存在がいるって事は。」
      「そうね。医療の第一歩よね。人支えになる事は…。」
      「俺、良い看護士でしょ?それじゃ、先生。お先に失礼します!」
      「お疲れさま。気を付けてね!」

      調子よく笑ってドアを出る看護士を見送って、は独り、クスリと笑った。

      病院は、夜になるとまるで異次元世界のように静まり返る。
      昼間のざわめき、慌ただしく流れる空気が嘘のようだ。
      ピンと張り詰めた、冷たい空気が病院中を支配する。
      昼と、夜。
      生と、死。

      病院とは、人が生まれる場所でもあり、癒される場所でもあり、そして人が死ぬ場所でもある。
      現世に留まる切符を手にするか、見えない冥界への入り口をくぐるか…。
      人は、たった二つの選択肢しか持てないのだろうか。

      は病院で夜を過ごす時には一層、命の存在について深く想うのだった。

      ────ゴロゴロゴロ……

      遠くで唸るような雷の音が聞こえる。
      カルテから目を上げて、はまた窓に目をやった。
      さっきより雨は激しさを増したようだ。窓を叩き付ける水しぶきには眉をしかめた。
      半分開けてあったカーテンを閉めようと、椅子から立ち上がり窓に近付く。
      その時。

      ────カッ!!

      辺りが昼間のように真っ白になる程、強烈な稲光りが走った。
      は反射的に目をぎゅっと閉じた。
      白い光は一瞬で消え、すぐに暗闇が戻った。

      恐る恐る目を開け、窓を見たの目に写ったものは、不安げな自分の顔だけではなかった。


                    ††††††††††††††††††††††


      外の闇と同じぐらい真っ黒な装束を身にまとった、恐ろしく背の高い男がガラスに唐突に写っている。
      鋭い目つきに金髪の逆立った髪。

      「…ひ…ッ…。」

      有るはずのない物がいきなり目に飛び込んできたのだ。声にもならない叫びを上げて、はバッと
      振り返った。
      あまり寝ていないから、おかしな幻想でも見ているだろうか。
      もっとコーヒーを飲んだ方が良い?

      振り返ったら、窓に写った不思議な人物は消えた…という怪談は良く聞く話だ。

      しかし黒装束の男は消えるどころか、窓に写る姿よりもよりくっきりと確実に存在している。

      じっと自分を見つめる鋭い目。屈強そうな体躯。それを包んだ漆黒の衣。
      現実には見た事もないほど、すべてが整った男だった。
      一瞬目を奪われたが、怪しい人物なのは間違いない。

      「だ…っ、誰?どうやってここに入ったの…!?」

      ようやく絞り出すような声で、はその男に言い放った。
      男は微動だにせず、を見据えたままだ。その異様さに狼狽えたが、も負けてはいない。

      「何とか言いなさい!いい加減にしないと、警察を呼ぶわよ!!」
      「すまんが、お前を連れてゆく。」

      男が口を開いたと思ったら、低く呟かれた台詞がこれだった。
      脅しの常套句を予想して身構えていただが、それは拍子抜けするものだった。
      あっけに取られて、は間の抜けた返答を返す。

      「はぁ?」
      「お前を、連れてゆく。」
      「連れてくって…どこへ…?何で?」

      訳が分からないという顔をしているの前に、男は一歩踏み出した。
      反射的に、は一歩下がって距離を保とうとする。
      また一歩、近付くとも下がる。だが、そう広くもない部屋で、はすぐに壁に捕らえられた。
      ドンと壁に背が当たり、ハッとそれを確認する。
      そして再び顔を上げると、僅か数センチの目の前に、男が迫っていた。
      冷や汗が背中を流れる。
      は今さら恐ろしくなり、身体が震え出した。

      男は、をじっと見下ろしていた。
      明らかな怯えの色が見えるの瞳が、うっすらと涙で濡れている。
      怖がらせるつもりはなかった。
      だがこんな風に登場すれば、怯えるのも当然か。


      男はすっと自分の手を差し出し、僅かに指先だけでの頬に触れた。
      自分の手が血の通った暖かいものだと分かれば、恐れも少しはましになるかと、思った。
      頬に触れると、ピクリとは身体を震わせる。
      指先から伝わる肌の柔らかな感触が、一瞬ラダマンティスを戸惑わせた。


      男に触れられた頬が、妙に熱い。
      自分を鋭く見据えていた男の目に、何とも言い様のない“揺れ”が見えた。
      が身動き出来ずにいると、男はスッと顔を近付け、低い声で囁いた。

      「迎えに来た。俺は…ラダマンティス。」
      「ラ…ダ、マンティ…ス?」
      「そうだ…。地獄の番人、ラダマンティス。」

      ラダマンティスの大きな掌が、の額に当てられた。
      掌の中心に熱い塊があるように感じたかと思うと、の意識は急激に遠のいて行った。
      吸い込まれるように、はラダマンティスの胸の中に倒れ込む。
      しっかりと太い両腕に抱かれて、はなぜか安堵を感じた。

      (何?私、どうしたの…。どうなるの?これから…どこへ行くの?)

      微かに残る意識の中で、はぼんやりと思った。
      重い目蓋を、必死で抉じ開けてみる。
      すると足下には、床に倒れ込んでいる自身の姿が見えた。

      (え…っ?!私…私が倒れてる…っ。)
      (安心しろ。意識を一本だけお前の身体と魂に繋いでおいた。)
      (何…何の事?!)
      (…お前はこれから冥界へ行くのだ。そして我が神と会え。)
      (何故、私の名前を…。神って誰…?)

      ラダマンティスにしっかり抱かれたまま、はどんどん上空に上がっていった。
      病院の部屋の窓から飛びたち、雨の中なのに濡れずに上空へ向かう。
      眼下の世界はまるでジオラマのように小さくなってゆく。

      おもちゃのようになった自分の居た世界。
      は無性に寂しくて、涙を流した。

      ラダマンティスは、真直ぐに空を見上げてさらにスピードを上げた。

      空のある一点が、他と色が違っている。
      そこへ向かって一直線に、光りと同じ速さで突っ込んだ。
      何の音も衝撃もなく、ラダマンティスとは“その世界”に入り込んだ。
      暗いようで明るい。白いようで黒い。柔らかいようで固い。
      そんな、人間の感覚では分からない世界。

      ラダマンティスは、低く独りごちた。

      「死なせずに冥界へ連れよとは…ハーデス様も無茶を言われる。」


                     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


      「先生、言い忘れた事が……。」

      ドアをノックして、さっきの若い看護士が入ってきた。
      部屋の何処にもいないを探して彷徨う目。
      しかし、床の一点に注がれた目は激しく見開かれる。

      「…先生!先生!!どうしたんですか……っ。」

      全く反応しないを抱き起こし、彼は叫んだ。

      「誰か…っ!誰か来てくれ!!先生が…………!」


     
                    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


      数日前の事だ。

      「お呼びでしょうか。パンドラ様。三巨頭、揃っております。」
      「うむ。本日は私からの話ではなく…ハーデス様直々にお話がある。心いたせ。」
      「はっ!」

      間もなく、皇の玉座に座るハーデスの影が現れた。
      ハーデスがその姿を曝すのは、パンドラの前でだけだ。
      玉座のある壇上には、常にカーテンで覆われている。

      「三巨頭よ。お前達の誰か一人に、余からの指令を与える。」

      跪いた三巨頭は、静かにハーデスの言葉を待った。

      「地上における魂の一つをここに連れて参れ。」

      この唐突な指令に、三巨頭はおろか、パンドラまで目を見開いて驚いた。

      「余がかりそめの姿で地上に出た時、興味深い女に出会った。」


      復活したハーデスは、地上に出る肉体そのものを持たない。だが神技なる力で魂を実体化し、地上を
      行く事ができる。
      ある時、ふとしたきっかけでハーデスはと出会った。
      の方は覚えていないかも知れない。
      ただすれ違っただけだったから。それでもハーデスには印象深く残っていた。
      の心が、ハーデスに響いたのだ。

      『人は、死か生か、二つの選択肢しかもたないのだろうか。』

      こんなことを深く考えている人間に初めて出会った。
      人間が考えるには、愚かと言える問題だ。
      神でもあるまいし、生まれたら死ぬ。これが不変の真理だ。
      だが、無性にハーデスはに説いてやりたくなった。
      “死”の向こう側にまだ、命の蠢く世界がある事を。

      「その女と話しがしたいのだ。じっくりと、な。」

      パンドラは困った顔をして目を伏せ、小さく頭を振った。


      「殺さずに、生きたまま余の前に連れよ。」
      「お言葉ですがハーデス様。それはどういう事なのでしょうか。」
      「どうもこうもない。そう言う事だ、ラダマンティス。」
      「しかし…冥界に生きたままの命を連れるなど…。」
      「出来ぬと申すか。フッ、地獄の番人であるお前達にも。」

      ハーデスは、笑いを含んだ声で三巨頭を煽った。
      己に出来ぬ事はないと自負している三巨頭達だ。主なるハーデスに己が無能だと理解されるのは
      快いものではない。

      「…ハーデス様。そのお役目、このミーノスにお任せ下さい。」

      一声を上げたのは、ミーノスだった。
      優れた頭脳を持ち、繊細ながらその破壊力の凄まじい技の数々は畏怖すべきものだ。
      恐らくミーノスならば、そのような手の込んだ任務でも優雅に笑ってこなすのだろう。
      だが。

      「いや。この指令はラダマンティスに言い渡す。」
      「…はっ?」
      「ハーデス様。そのような細かい仕事ラダマンティスに勤まるとは思えません。せめてこのアイアコスに。」

      ラダマンティス以外の者が名乗りを上げたが、ハーデスはラダマンティスの指名を取り下げなかった。

      「この任務を遂行せよ、ラダマンティス。失敗は許さぬ。余はその女…と話しがしたいのだからな。」




      を腕に抱き冥界への通路を通りながら、ラダマンティスはこうなった経緯を思い起こしていた。
      『たかが人間の女に“死の先”を説いたところで何になるというのか。』
      全く酔狂な事を仰るものだと、ラダマンティスは半分呆れていた。

      確かに、ハーデスならの思う事に簡単に答えてやる事ができるだろう。
      しかしそれを知ったからといって、にはどうしようもない。
      本来ならば、生きて入り込める場所ではない所なのだ。
      悪事を積んで死んだ者が来る世界。
      それをわざわざに見せる事もないだろうに。

      「。これから冥界…地獄と呼ばれる場所に入る。」
      「地獄?!…私、地獄に行く程悪い事をしたの?」
      「フ…恐らくしていないだろう。地底の富める王、ハーデス様直々にお前に話しがあるのだそうだ。」
      「ハーデス…って、神話の?冥界の支配者の?!」

      驚いて目を白黒させるを見て、ラダマンティスはかすかに笑った。
      難しい話をするよりも、こうやっての反応を見ている方が面白そうだ、と。




      ハーデスに謁見する為に、パンドラから幾つか注意を受け、黒い拝礼用の装束に着替えた
      広い広いハーデス神殿の玉座の間で控えて居た。
      良く分からないままに冥界に連れて来られ、パンドラという高貴な女性と三巨頭という男達にも会った。
      誰もには客人として、ごく当たり障りのない応対で迎えられた。
      ここまで自分を連れてきたラダマンティスも、それは変わらなかった。
      “地獄”で一体自分に何の話があるというのか。
      自分は本当に死んでいないのか?そもそもこれは夢ではないのか…。
      心細さからは肩を竦め、自分の身体を抱いていた。

      「。安心しろ。ハーデス様は心優しき神。とって食ったりはせん。」

      ふいに背後から低い声が聞こえた。
      最初に聞いた声と変わりのない、落ち着いた声。
      だかそこに少しだけ、気づかうような色が混ざっている事にが気付いたかどうか。

      「あ…ラダマンティス。ねぇ、お話って何なのかしら…。」
      「俺には分からん。落ち着いてお話をきけばいい。すぐに…地上に戻れる。」

      そのとき、ハーデスの気配が玉座に現れた。
      人間のにさえ分かるほどに、その場の空気が変わる。
      ラダマンティスが膝を折り、その場に平伏した。

      「よく来た、よ。余はお前の心に答えてやりたいのだ。」
      「は…ぃ。有難うございます…。ハーデス様。」
      「ラダマンティス。お前は後程、に冥界を案内してやるが良い。」
      「はっ!」


      を玉座の間に残し、ラダマンティスは部屋を出た。
      部屋の奥で、神ハーデスは一体どんな話をにしてやるのだろう。
      はその時、どんな顔をして、どんな声で話しているのだろう。

      まだ自分が見た事のない顔や声をするを、ラダマンティスはそっと思い浮かべてみた。
      が、上手く顔や声が浮かんでこない。
      ミーノスやアイアコスが言うように、自分には細かい仕事は向いていないのかも知れんと、苦笑した。


                    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


      二時間程たった頃、ラダマンティスは控えの間に呼ばれた。
      そこにはすでに、ハーデスに謁見を済ませたが椅子に腰掛けて居た。

      「、待たせたな。それでは冥界を案内しよう。」

      ふっとラダマンティスを見上げたの顔には、戸惑いの色が浮かんで居た。
      一体ハーデスとどんな話をしたのか。ラダマンティスは無意識に質問を口にしていた。

      「どうした?…ハーデス様とは何を話したのだ?」
      「私には、難しい事をいっぱい。」

      はそう言って、ちょっと困った笑顔を見せた。
      そのままハーデス城を後にして、ラダマンティスは冥界を遠くから大まかに案内する為に、
      抱いて高く飛んだ。
      冥界の半分を見渡せるような高い場所まで来て、を降ろす。
      あまり長く、冥界に生きている魂を留めておく事はできない。
      早めにをその身体に戻さなくてはならないのだ。

      ラダマンティスは遠くに見える、冥界における様々な地獄を指しながら説明してやった。

      「冥界(ここ)は、死した魂がさらに生き続ける場所だ。自らの罪をあがなう為にな。」
      「そうね…。ハーデス様もそう仰ったわ。私が何時も『生と死』について思っているから…。」



      『命には生と死の二つの選択肢しかないが、“死”の先が存在する。命が終わる訳ではない。』

      ハーデスがに話してくれた事だ。
      にとっては余りに難しく、また理解するに及ばない所も沢山あった。
      困ったような顔をして聞いているに、ハーデスは可笑しそうに笑って言った。

      『忘れてもよい。この事は夢でみた程度に断片的にしかの記憶には残らぬ。だが…。』



      「だが?」
      「深層に刻み込まれた記憶は、いつか蘇り私の役に立つ事もあるだろう…って。」
      「そうか。そうかも知れんな…。」
      「ええ。私にはちょっとまだ理解できないけどね。」
      「。そろそろ地上に戻る。意識の糸も長くはもたんのだ。」

      を再び腕に抱き、ラダマンティスは冥界の空にむかって跳んだ。
      腕の中では何度も、眼下に広がる冥界の地獄を見下ろした。
      死してなお、生ある時に犯した大罪を償うべく蠢く魂達。

      それが良いとか悪いとかではなく、そこに広がるのは真実なのだ。

      「生と死の境界は、実は曖昧なものだ。ただ存在する場所が我々と違う…それだけだ。」
      「かもね。たまに…出てくるもんね。“うらめしや〜”って。」

      可笑しそうに小さく笑って、は呟いた。


      地上の病院に戻ると、はベッドに寝かされていた。
      集中治療室で、酸素マスクをつけられて色んな機械に繋がれて、みるからに危篤状態だった。

      「あらま…。すごい事になっちゃってる。」

      自分はまったく元気なのに、この状態のギャップが大きくては吹き出した。
      しかし、魂の離れている時間が長ければ長いほど、入れ物である肉体にはダメージが大きいのだ。
      ラダマンティスはを横抱きにし、肉体のの上に重なるように真上にかかげた。

      「…。この事は忘れてもいい。お前が知らなければよかったと思うなら…。」
      「忘れるかもしれないけど、きっと思い出すわ。」
      「なぜそう思う?」
      「私、結構夢を覚えている方なのよ。」

      にこりと微笑んでは答える。
      困ったようなばかりを見てきたラダマンティスにとって、その微笑みは目を奪われるものだった。
      そっと魂を肉体に戻しながら、その微笑みを見つめ続けた。


      は肉体と一緒になって、今ベッドの上で眠っている。
      微かに口元に笑みをたたえながら。
      弱くなっていた呼吸も心拍音も、繋がれた機械のモニターが強くなっている事を示していた。
      ラダマンティスはの額にそっと掌を乗せた。そのまま頬をなでる。

      「忘れてもいい。…だが、俺の事は覚えていてくれ。」

      おそらくまだ意識が回復していないから、その耳には届いていないだろう。
      低く耳もとで囁いた。

      「俺がまた、の前に姿を見せても…怯えないように…。」


  
                   †††††††††††††††††††††


      数時間後に意識を回復し、検査でも一切なんの異常も見られなかったは、原因不明の体調不良と
      言う診察結果におさまった。
      少し様子を見るということで、は病室の一室で検査入院扱いとなっていた。

      目覚めたは、不思議な夢を見た気がしていた。
      一体何だったのかは上手く思い出せない。
      長い長い夢をみていたようだった。

      ただ、断片的にぼんやりとだけ、ジグソーパズルのピースのようにバラバラの意味不明のシーンを
      覚えているだけだった。

      「でも、人の顔ははっきりと覚えているのよね。フフ、変なの。」

      逆立った短い金髪に、鋭い目つきの、背の高い…。

      『ラダマンティス。』

      声まで覚えている。

      は微笑んだ。
      いつかまた、『ラダマンティス』には会うような気がした。




      「こちらは先生の病室ですが、今は面会謝絶です。あの…どちら様ですか?」
      「いや。部屋を間違えた。」

      背広姿の背の高い、短い金髪を逆立てた鋭い目つきの男が、固い靴音を残して部屋の前から去っていった。


      「今度は、驚かさぬように現れなければ、な。」

      自分の事だけは覚えていてくれることを願って、ラダマンティスは微かに微笑んだ。




                                      終劇  






管理人より

「猪突猛進」の畑様より戴きましたラダ夢でございます。
「シチュは畑様におまかせで。」というリクでしたが・・・うおお――、ラダかっこいい・・・!(涙)
任務をきっちりこなしまくっている彼がらしくて痺れます。・・・最初に拝読させていただきました時、
「連れてって――、どこでもいいからv」と悶絶してしまったのは管理人だけではないハズです!(笑)
・・・DVDでの彼の強さに圧倒され、スコッチな彼に萌えてしまって以降、管理人の中でラダの株は上がりっぱなしです。
・・・畑様、素敵なラダをありがとうございました――っ!またキリ番を狙ってみます!